開催中の展示

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始めて描いた作品から絶作まで さすらいの画家 齋藤真一展

平成29年12月8日(金)~平成30年3月4日(日)

斎藤真一(1922-1994)は、東京美術学校卒業後教師生活を送る中、1959年37歳の時フランスに留学します。ジプシーに惹かれてヨーロッパ各地を自転車バイクで放浪の旅をし、画家藤田嗣治と出会い親交を結びました。帰国後、藤田の勧めで東北を旅し瞽女を知り、以後十数年にわたり300軒を超す瞽女宿を訪ね、瞽女を主題にした数々の作品を描きました。

さらに、明治期の吉原に生きる遊女の実態を検証し、宿命と運命の中で懸命に生きた薄幸の女性の生涯、憂い、情念を描写した明治吉原細見記を発表しました。

さすらい展では「瞽女」「明治吉原細見記」を中心とし、初期から晩年、絶筆までの哀愁に満ちた斎藤真一の世界を紹介します。

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荷物をくるくるっと簡単にまとめて、私はすぐ旅に出てしまう。旅には別に目的がなくとも、歩けば何かと人懐かしさが胸にこみ上げてくる。

ふと、にわか雨などに遭遇すると、静かな山村のはずれの氏神様が最も良い。

高い杉に囲まれた、誰一人いない小さな社(やしろ)の橡に腰掛けて雨脚の音を聞いていると、遠い過去の人々を想いだすものだ。雨はびしょびしょ音をたてて、こんなに静かな世界なのに、何故懐かしい人達を想い出してしまうのだろう。

冬の旅は、雪道をサクサクと、遠くの黒い森の見える村まで歩いて行くのが好きだ。ずっと昔確かにこの道を歩いて、あの村まで行ったような気持になってしまう。越後路でも津軽路でも夕方になって野火の火の色や、あたりに立ちこめるその煙のにおいにふと故里を思い続けたものである。

遠くの村の灯明りも、誘蛾燈の火の海も、私の幼い時、父に連れられ岡山から海を渡り讃岐平野の遠い実家に帰った時の思い出の色なのかも知れない。

「藝術新潮」1977年10月号より

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